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さがみの鉄道写真/撮影日誌…archives

1974年頃からの写真を公開しています。

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あおば

[あおば]は1971年3月仙台~秋田間(北上線経由)の臨時特急としてデビューしました。
特急[つばさ]の秋田での運用間合いを利用していたので[つばさ]電車化と共に1975年11月に惜しまれながら姿を消しました。

東北新幹線開業で各駅停車タイプの列車として[あおば]の名が復活したが消滅してしまいました。
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1974-3-15/仙台駅

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1975-8-24

| キハ181系 | 11:16 | コメント:0 | TOP↑

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はまかぜ

1972年3月、山陽新幹線岡山開業時にデビュー。
大阪と山陰地区を播但線(姫路~和田山)経由で結び、姫路では新幹線とも接続した。
キハ80系から1982年7月「やくも」電車化によりキハ181系に置き換わりました。
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1975-1-2/須磨-塩屋

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1979-7-15/餘部

| キハ80系 | 10:43 | コメント:0 | TOP↑

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かもめ

1961年10月、国鉄ダイヤ白紙大改正で京都~長崎・宮崎間でデビュー。
その後、運転系統の整理が行われ「かもめ」は京都~長崎・佐世保間の特急として落ち着く。
佐世保編成は筑豊本線経由で運転され、小倉を先に発車した佐世保編成が鳥栖~肥前山口間では長崎編成に続行するダイヤとなった。
1975年3月の山陽新幹線博多開業で本州から九州行きDC特急としての使命を終える。
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1975-1-2/須磨-塩屋

| キハ80系 | 10:53 | コメント:0 | TOP↑

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あさしお

1972年10月、京都~城崎・倉吉・米子間でデビューしました。
舞鶴線・宮津線(現、京都丹後鉄道)経由の列車は進行方向が3回も変わる列車として有名
晩年はキハ181系に置き換わるが京都口の電化が完成した1996年3月に廃止されました。
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1975-1-3/保津峡-馬堀

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1976-2-29/餘部

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1979-7-15/餘部

| キハ80系 | 10:32 | コメント:0 | TOP↑

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つばさ

[つばさ]は1961年10月国鉄ダイヤ白紙大改正で上野~秋田間にデビューする。
キハ80系で運転を開始したが急勾配が続く板谷峠では電気機関車にサポートされていた。
その後、山岳路線の特急[しなの]で1968年10月にデビューした大出力エンジン搭載のキハ181系が好調のため[つばさ]も置き換えられることになる。
しかし大出力エンジンを搭載したキハ181系も板谷峠の急勾配ではエンジントラブルが頻繁に起きるようになり、福島~米沢間ではEF71と協調していた。
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1975-8-24/庭坂-赤岩

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1975-1-12/赤岩-庭坂

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1975-8-20/東大宮-蓮田

奥羽本線が台風による不通のため1975年8月には羽越、陸羽西線経由で迂回されました。
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1975-8-11/小砂川-上浜

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1975-8-11/小砂川駅
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| キハ181系 | 11:04 | コメント:0 | TOP↑

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おおぞら

1961年10月の国鉄ダイヤ白紙大改正で北海道初の気動車特急として函館~旭川でデビュー。
翌年に釧路まで延長し今日の基礎を固める。
しかし厳寒の北海道にあっては過酷な運転となり新系列気動車の誕生が待ち焦がれていた。
1979年スラントノーズの非貫通型キハ183系の量産先行試作車が北海道用として誕生し
キハ80系[おおぞら]は1982年9月に終焉を迎えた。

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1976-9-26/富浦-幌別

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1976-9-26/沼ノ端-植苗
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1979.-8-1/大沼-大沼公園

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1975-9-27/七飯-大沼

| キハ80系 | 09:35 | コメント:0 | TOP↑

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北斗

1950年11月に上野~青森間の夜行急行列車の愛称であった。
その後1965年10月改正で同列車は特急[ゆうづる]に格上げされ
[北斗]の愛称はさらに北へ向かい函館~旭川間(千歳線経由)の特急となる。
北海道でのキハ80系列は他の特急と同じく1986年10月に現役引退した。

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1975-9-29/礼文-大岸

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1979-8-1/赤井川-大沼公園

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1979-8-1/七飯-大沼

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1975-9-26/上野幌駅

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1975-9-26/豊浦-幌別

| キハ80系 | 09:48 | コメント:0 | TOP↑

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おおとり

[おおとり]の名前は1961年10月、東京~名古屋間を結ぶ151系電車特急でデビューした。
しかし東海道新幹線の開業に伴い[おおとり]は北の大地へ羽ばたき
函館~釧路・網走間の特急として再デビューする。
1970年10月改正で函館~網走間の単独編成となり
石北本線のクイーンとして力走を続けたが1986年10月に廃止された。
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1975-9-26/沼ノ端-植苗

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1979-8-1/七飯-大沼

| キハ80系 | 10:19 | コメント:0 | TOP↑

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オホーツク

[オホーツク]の名前は1960年7月に札幌~網走間の準急列車が最初である。
その後、函館へ延長運転して[おおとり]へその道を譲り
特急としてデビューするのは1972年10月改正で晴れて札幌~網走間の運転となった。
本州との接続を取らない唯一の特急となる。
北海道でのキハ80系列は他の特急と同じく1986年10月に現役引退した。
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1975-9-27/白石駅

| キハ80系 | 10:13 | コメント:0 | TOP↑

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くろしお

1965年3月、天王寺~名古屋(紀勢本線経由)でデビューする。
特急気動車の草分け「はつかり」のキハ81形が最後まで活躍した列車でもある。
新宮電化の1978年10月に電化区間は381系電車を投入し
キハ81形は廃車され非電化区間は「南紀」と改称し、キハ80系が最後まで活躍した列車となる。
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1975-12-20/切目-岩代
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1975-12-19/那智駅
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| キハ80系 | 10:23 | コメント:0 | TOP↑

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やくも

1972年3月山陽新幹線岡山開業と共に新幹線と接続する伯備線経由の特急となる。
前身は伯備線特急[おき]で[やくも]の名前は新大阪~浜田間のキハ80系特急であった。
岡山発着でデビューした[やくも]は当初からキハ181系で運転され最盛期には6往復を数え、特急気動車として唯一のL特急として1987年6月の伯備線電化開業まで活躍した。
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1976-3-2
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井倉-石蟹
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1976-2-28/備中神代駅

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1976-2-29/田儀-小田

| キハ181系 | 11:19 | コメント:0 | TOP↑

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まつかぜ

1961年10月の国鉄ダイヤ白紙大改正で山陰本線の特急として京都~松江間でデビュー。
その後の改正で山陰本線を西下し九州へ乗り入れ、博多までの運転となる。
京都発着の列車は「あさしお」に、「まつかぜ」は大阪発福知山線・山陰本線経由で運転され
「やくも」の電車化後はキハ181系に車種変更されるが1986年10月に廃止された。
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1976-2-29/餘部

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1976-2-27/武田尾-道場

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1976-3-1/田儀駅

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1979-7-15/餘部-鎧

| キハ80系 | 10:37 | コメント:0 | TOP↑

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おき

1975年3月、山陽新幹線博多開業で小郡(現 新山口)において山口線経由で鳥取まで運転する新幹線接続特急としてデビュー。
「かもめ」廃止による車両が使われたが、翌年「つばさ」電車化によりキハ181系が尾久から転属し全車両を置き換える。
キハ80系時代はわずか1年8ヶ月だった。
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1976-2-29/田儀-小田
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1976-3-1/青野山-津和野

| キハ80系 | 10:48 | コメント:0 | TOP↑

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北海

1967年3月の改正で函館~旭川間を函館本線・山線経由でデビューする。
函館~札幌間の他の特急は距離が長いものの線形の良い千歳線経由であるが
[北海]だけは山線経由で孤軍奮闘していた。
しかし[おおとり]と共に1986年10月に廃止される。
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1977-5-21/張碓駅

| キハ80系 | 10:15 | コメント:0 | TOP↑

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ひだ

1968年10月、名古屋~富山間(高山本線経由)でデビュー。
JR移行後も定期で残っていたキハ80系列でもあったが、1990年3月キハ85系に置き換わった。
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1979-5-27/白川口-下油井

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1990-2-25/焼石-下呂

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1990-2-25/下呂駅

| キハ80系 | 10:28 | コメント:0 | TOP↑

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しおかぜ

1972年3月、山陽新幹線岡山開業時に四国にも初めて特急列車が走る事になった。
岡山から宇野線快速・宇高連絡船の接続を受け[しおかぜ]は高松~宇和島間でデビューする。
JR化後は瀬戸大橋線開通で岡山駅へ乗り入れ、真の新幹線接続特急として活躍する。
しかし1993年3月に新型気動車の登場により、四国からキハ181系が淘汰された。
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1981-4-12/多度津駅
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1986-4-22/卯之町駅

| キハ181系 | 12:32 | コメント:0 | TOP↑

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南風

[南風]は[しおかぜ]と同じくして1972年3月に高松~高知間の特急としてデビューする。
無煙化が進んだ四国では気動車王国であったが、意外にも特急気動車はこれが初めてとなった。
土讃本線の急勾配区間もその大出力エンジンのパワーを発揮しキハ181系は四国のエースとなる。
しかし新系列気動車の誕生により早く終焉を迎え1990年11月に終止符を打った。
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1981-4-15/高知駅

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1986-4-19/高松駅

| キハ181系 | 12:45 | コメント:0 | TOP↑

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北斗

国鉄最後の増備となった183系500番代は従来の国鉄特急色を一新しました。
白を基調としオレンジと赤色の帯となり、増結等が簡単に出来るように貫通型となりました。
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1991-6-6/七飯-大沼
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国鉄からJRとなり、国鉄特急標準色から183系500番代の塗装に順じた塗装となった0番台。
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1991-6-6/大沼-大沼公園

キハ281系に準じた塗装となった183系
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2009-9-24/稀府-黄金

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2014-9-3/有珠-洞爺

| キハ183系 | 13:16 | コメント:0 | TOP↑

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ニセコエクスプレス

キハ183系5000番代で、1988年にJR北海道が製作したリゾート用気動車です。
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1991-6-6/七飯-大沼

| キハ183系 | 14:04 | コメント:0 | TOP↑

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あさしお

1987年7月、伯備線電化により「やくも」のキハ181系が「あさしお」に導入されました。
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1992-4-24/淀江-大山口

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1995-9-29/梅迫-真倉

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1995-9-30/鎧-香住

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1995-10-1/竹野-城崎

| キハ181系 | 11:26 | コメント:0 | TOP↑

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おき

1976年10月「つばさ」の電車化に伴うキハ181系の余剰車によりキハ80系を置き換えました。
そして2001年7月、JR西日本初の新型気動車キハ187系となり「スーパーおき」となりました。
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1992-4-25/米子駅

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1992-4-24/田儀-小田
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1996-10-27/折居-三保三隅

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2000-8-7/田儀-小田

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2000-8-7/田儀-羽根

| キハ181系 | 11:43 | コメント:0 | TOP↑

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はまかぜ

「あさしお」と同じく 1982年7月「やくも」電車化によりキハ80系から置き換わりました。
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1992-4-25/大阪駅

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1995-10-1/竹野-佐津

晩年はJR西日本オリジナル塗装となりました。
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2002-5-22/長谷-寺前

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2010-2-12/福崎-甘地

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2010-2-12/長谷-寺前

| キハ181系 | 11:32 | コメント:0 | TOP↑

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くにびき

[くにびき]は1988年3月に、米子~益田間で運転が開始されました。
2001年に鳥取~益田間の一線スルー化等の高速化の完成によりキハ187系に置き換わりました。
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1992-4-25/米子駅

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1999-12-22/江南-出雲神西

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2000-8-7/仁万-五十猛

| キハ181系 | 11:51 | コメント:0 | TOP↑

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ひだ・南紀

[ひだ]は老朽化したキハ80系を置き換えるべく1989年3月にデビュー
キハ80系時代より軌道強化などの路線高速化の恩恵もあるが
名古屋~高山間で40分の時間短縮を実現しました。
1992年には[南紀]にも使用され、JR東海のキハ80系を置き換えた。
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1995-2-25/下呂駅

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1995-2-25/焼石-下呂

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2005-9-13/四日市駅
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2011-10-25/富田浜-四日市

| キハ85系 | 12:58 | コメント:0 | TOP↑

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いそかぜ

1985年3月改正で、[まつかぜ]の系統分割として米子~博多間で運転が開始されました。
その後、1993年3月改正では米子~小倉間に…
2001年7月改正では益田~小倉間での運転となり、2005年3月に廃止されました。
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1996-10-26/須佐-宇田郷

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1999-12-22/静間駅

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1999-12-23/馬路駅

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2000-8-7/仁万-五十猛

| キハ181系 | 11:58 | コメント:0 | TOP↑

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おおぞら

[おおぞら]でデビューしたキハ183系は後継のキハ283系に運用を譲りました。
2両目にキサロハ182を連結しています。
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2001-6-20/上野幌-北広島

| キハ183系 | 13:11 | コメント:0 | TOP↑

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オホーツク

[オホーツク]は新形式の増備が進み、主にキハ183系0番台が使用される列車となった。
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2001-6-20/札幌駅

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2012-9-24/札幌駅

| キハ183系 | 13:30 | コメント:0 | TOP↑

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とかち

[とかち]は[おおぞら]の増発により札幌~帯広間で運転される列車として運転開始されました。
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2001-6-20/上野幌-北広島

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2001-11-25/上野幌-北広島
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| キハ183系 | 13:38 | コメント:0 | TOP↑

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スーパーおおぞら

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2001-6-20/上野幌駅

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2001-11-25/上野幌-北広島

| キハ283系 | 15:01 | コメント:0 | TOP↑

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いなば

特急気動車としての[いなば]は1994年12月に開業した智頭急行線の特急として1997年11月に岡山~鳥取間で運転が開始されました。
2003年10月のダイヤ改正によりキハ187系に置き換わり、列車名も[スーパーいなば]となってキハ181系での運転が終わりました。

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2002-3-15/佐用-平福

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2002-3-15/宮本武蔵-石井

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2002-5-21/河原-国英

| キハ181系 | 12:07 | コメント:0 | TOP↑

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九州横断特急

前身は急行「火の山」や特急「あそ」で、別府~阿蘇~熊本・人吉を結んでいる。
通常は2両編成で車掌が乗務せず、ドアの開閉は運転士が行うワンマン列車です。
車内改札や案内放送などは客室乗務員が行っています。
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2005-9-12/豊後竹田駅

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2014-1-25/肥後大津駅

| キハ185系 | 14:17 | コメント:0 | TOP↑

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スーパーいなば

岡山~鳥取間を山陽本線・智頭急行線・因美線を経由し、最短1時間45分で結んでいます。
最高速度は130km/hで智頭急行線対応のATS-P型を装備した500番代車が「スーパーいなば」専用車として8両が製造されました。
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2006-2-10/万富-熊山

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2011-11-16/岡山駅

| キハ187系 | 14:36 | コメント:0 | TOP↑

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ゆふDX

JR九州のキハ183系1000番代で、JR発足直後の1988年に「オランダ村特急」として登場
485系電車との協調運転は世界初のシステムとなりましたが、テーマパーク「長崎オランダ村」の閉園により活躍の場が失われ、その後は「ゆふいんの森Ⅱ」「シーボルト」と活躍線区が替わり[ゆふDX]となりましたが2011年1月をもって運行が終了しました。
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2008-5-22/亀川駅

| キハ183系 | 13:52 | コメント:0 | TOP↑

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スーパー北斗

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2009-9-24/長和-有珠

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2014-9-3/有珠-洞爺

| キハ281系 | 14:58 | コメント:0 | TOP↑

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サロベツ

2000年3月改正で登場した[スーパー宗谷]を補完する特急として[サロベツ]が登場しました。
札幌~稚内間の走行距離は396.2km(東京~岐阜間に相当)で、日本で運行されている特急気動車の中で一番長いものである。
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2012-9-24/札幌駅
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| キハ183系 | 13:43 | コメント:0 | TOP↑

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スーパーとかち

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2012-9-26/上野幌-北広島

| キハ261系 | 15:13 | コメント:0 | TOP↑

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A列車で行こう

熊本と天草諸島を結ぶルートを形成する観光列車として2011年10月に運行を開始した。
三角港と下島にある本渡港を結ぶ定期航路「天草宝島ライン」と接続している。
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2015-8-28/熊本駅

| キハ185系 | 14:21 | コメント:0 | TOP↑

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キハ261系

宗谷本線・石勝線系統の特急列車高速化に対応した車両として開発されました。
これまでJR北海道が開発した特急用気動車としては、281系や283系気動車があったが、複雑な車両構造等の要因もあり製造・保守コストが高額であった。
キハ261系ついては輸送需要の小さい線区の高速化に際して開発され、エンジン等の基本構造はキハ201系をベースとするなど、製造コスト低減を図っている。
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2012-9-24/札幌駅

≫キハ261系

| 特急気動車 | 14:59 | コメント:0 | TOP↑

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キハ283系

1994年から石勝線・根室本線の高速化事業に合わせ、281系気動車の発展形として開発された振子式気動車である。
営業最高速度は130km/h、設計最高速度は145km/hである。
1997年3月のダイヤ改正から特急「スーパーおおぞら」として営業運転を開始し、札幌~釧路間の最短所要時間は、従来の183系気動車より45分も短縮した。
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2012-9-24/上野幌駅

≫キハ283系

| 特急気動車 | 15:05 | コメント:0 | TOP↑

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キハ281系

1991年から函館~札幌間の高速化事業にあわせてJR北海道が開発した振子式気動車である。
1994年3月ダイヤ改正から特急「スーパー北斗」として営業運転を開始し
国内の特急気動車において、最高速度130km/hでの営業運転を初めて行った系列である。
函館~札幌間の所要時間は従来の183系より30分も短縮された。
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2012-9-26/上野幌-北広島

≫キハ281系

| 特急気動車 | 15:29 | コメント:0 | TOP↑

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キハ187系

山陰地区のキハ181系置き換えを目的に2001年にデビューしました。
大出力エンジン(コマツ製450馬力)を1両に2台搭載し、振り子機構とあいまって山陰本線高速化の完成で大幅に所要時間短縮が可能になりました。
部品等は同時期に製造された223系やキハ126系と共通化され、製造コストを削減しています。
キハ181系「おき」「くにびき」「いなば」は、2001年7月に「スーパーおき」、「スーパーくにびき」として
2003年10月に「スーパーいなば」として187系に置き換わりました。
なお「スーパーくにびき」は「スーパーまつかぜ」に改称されています。
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2011-1-16/米子駅

≫キハ187系

| 特急気動車 | 15:29 | コメント:0 | TOP↑

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キハ85系

JR東海発足後の最初の形式であり「ワイドビュー」を冠した最初の形式でもある。
車体は軽量ステンレスとなり高性能エンジン(カミンズ社製350馬力)を1両に2基搭載
キハ80系の性能を大きく上回り、性能は電車に匹敵するほどで所要時間を大きく短縮しました。
観光路線でもある高山本線や紀勢本線への投入で展望をよくするために側面窓を大きくしたり
前面展望のため運転台後部は全面ガラス張りとなった。
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1990-2-25/下呂駅

≫キハ85系

| 特急気動車 | 15:29 | コメント:0 | TOP↑

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キハ185系

国鉄末期、分割民営化を目前に控えた1986年に四国でデビューしました。
当時運用されていたキハ181系淘汰を目的に製造されたのではなく
キハ58系の代替として機器の一部には廃車発生品やバス用部品を使用するなど徹底的にコストダウンを図り、ステンレス車体とすることで軽量化も図られ、性能はキハ181系と同等となり最高速度は110km/hとしている。
高速化により振り子式2000系特急気動車の登場や電化の進捗に伴い8000系特急電車もデビューし、余剰車の一部はJR九州に売却されました。
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2008-5-21/人吉駅

≫キハ185系

| 特急気動車 | 15:30 | コメント:0 | TOP↑

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キハ183系

北海道内の特急形気動車は一貫としてキハ80系を使用してきました。
しかし酷寒地ゆえの運用から車両故障も多発し、客室設備も陳腐化したため北海道の運用に耐える後継車両の開発を行い、1979年秋に183系900番代の試作編成が登場し、数々の試験を経て2年後の1981年に量産車がデビューしました。
1986年秋のダイヤ改正では設計変更された500番代も登場し、完全にキハ80系を淘汰しました。

JR九州には500番代の設計を基本にした1000番代が1988年に4両製作されましたが、車体デザインはまったく別のものです。
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1979-10/蒲須坂-片岡

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キハ181系

キハ181系はパワーが必要な山岳路線向けの大出力エンジンを搭載した系列である。
キハ80系列では1基180馬力エンジンを2基搭載することでパワーアップに対処してきた。
当時の国鉄ではハイパワーエンジンを研究・開発し、山岳路線である中央西線での試験の結果、1基500馬力エンジンの量産に成功し1968年10月、特急「しなの」としてデビューした。

外観はキハ80系を踏襲したスタイルになったが
先頭車のキハ181形はヘッドライトケースなどが角張った形状になり
中間動力車は屋根にラジエーターが並び印象付けている。
そしてキハ181系の登場によってキハ80系列の増備は終わり
その後の増備はキハ181系が引き継いでゆく。
キハ80系でデビューした「つばさ」もキハ181系に置き換わり、陰陽連絡の「やくも」
そして1972年の改正ではそれまで特急列車が運転されていなかった四国にも誕生し
総勢158両が製造された。
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2011-10-24/リニア鉄道館

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キハ80系

キハ80系は1960年に上野~青森(常磐線経由)間の「はつかり」としてデビューしました。
外観は先に登場していた151系電車(こだま型)に準じた車体になり
先頭車のキハ81形も流線型となった。
しかし、その独特の形状から“ブルドック”などと言うニックネームが付けられたりもした。
翌1961年10月の国鉄全国白紙ダイヤ大改正で特急列車大増発の立役者となったのは
後述するキハ82形であった。
まだ主要幹線の電化が進んでいなかったこともあって途中駅での分割併合に有利なように
先頭車の前面を貫通型にしたキハ82形が誕生したのである。
キハ81形から一転して前面貫通形の切妻タイプになったが曲面を多用したそのデザインは
後に登場するキハ181系にもスタイルを踏襲していくことになる。
こうして、キハ81形は「はつかり」用の6両のみで製造を打ち切り
キハ80系列の先頭車はキハ82形が全国に登場し中間車も含め総勢384両が活躍して行く。
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2004-9-18/大阪交通科学館

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特急気動車

私が鉄道写真を始めた当時はSLブームと言われ、全国に数少なくなってきたSL列車にファンが殺到していた時でした。
友達に連れられて行った撮影地は、場所の確保などで心無いものは木々を切り田畑を荒らし、野次と罵声の中での撮影だったことを思い出します。
そんなことに嫌気が差し、力強いSL列車の合間に誰もカメラを向けていなかった華麗なる姿を見せる特急気動車に心惹かれ、次第にシャッターを切るようになりました。

電化区間の進展により、気動車も次第に電車へと置き換わり、老朽化した車両はパワフルなエンジンを換装した新型車両へと置き換わっていきました。

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1979-8/仁山-大沼

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