FC2ブログ

さがみの鉄道写真/撮影日誌…archives

1974年頃からの写真を公開しています。

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

はまかぜ

1972年3月、山陽新幹線岡山開業時にデビュー。
大阪と山陰地区を播但線(姫路~和田山)経由で結び、姫路では新幹線とも接続した。
キハ80系から1982年7月「やくも」電車化によりキハ181系に置き換わりました。
hamakaze_1.jpg
1975-1-2/須磨-塩屋

hamakaze_2.jpg
1979-7-15/餘部

| キハ80系 | 10:43 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

かもめ

1961年10月、国鉄ダイヤ白紙大改正で京都~長崎・宮崎間でデビュー。
その後、運転系統の整理が行われ「かもめ」は京都~長崎・佐世保間の特急として落ち着く。
佐世保編成は筑豊本線経由で運転され、小倉を先に発車した佐世保編成が鳥栖~肥前山口間では長崎編成に続行するダイヤとなった。
1975年3月の山陽新幹線博多開業で本州から九州行きDC特急としての使命を終える。
kamome_1.jpg
1975-1-2/須磨-塩屋

| キハ80系 | 10:53 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

あさしお

1972年10月、京都~城崎・倉吉・米子間でデビューしました。
舞鶴線・宮津線(現、京都丹後鉄道)経由の列車は進行方向が3回も変わる列車として有名
晩年はキハ181系に置き換わるが京都口の電化が完成した1996年3月に廃止されました。
asashio_1.jpg
1975-1-3/保津峡-馬堀

asashio_2.jpg
1976-2-29/餘部

asashio_3.jpg
1979-7-15/餘部

| キハ80系 | 10:32 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

おおぞら

1961年10月の国鉄ダイヤ白紙大改正で北海道初の気動車特急として函館~旭川でデビュー。
翌年に釧路まで延長し今日の基礎を固める。
しかし厳寒の北海道にあっては過酷な運転となり新系列気動車の誕生が待ち焦がれていた。
1979年スラントノーズの非貫通型キハ183系の量産先行試作車が北海道用として誕生し
キハ80系[おおぞら]は1982年9月に終焉を迎えた。

oozora_1.jpg
1976-9-26/富浦-幌別

oozora_2.jpg
1976-9-26/沼ノ端-植苗
oozora_3.jpg

oozora_4.jpg
1979.-8-1/大沼-大沼公園

oozora_5.jpg
1975-9-27/七飯-大沼

| キハ80系 | 09:35 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

北斗

1950年11月に上野~青森間の夜行急行列車の愛称であった。
その後1965年10月改正で同列車は特急[ゆうづる]に格上げされ
[北斗]の愛称はさらに北へ向かい函館~旭川間(千歳線経由)の特急となる。
北海道でのキハ80系列は他の特急と同じく1986年10月に現役引退した。

hokuto_1.jpg
1975-9-29/礼文-大岸

hokuto_3.jpg
1979-8-1/赤井川-大沼公園

hokuto_2.jpg
1979-8-1/七飯-大沼

hokuto_5.jpg
1975-9-26/上野幌駅

hokuto_4.jpg
1975-9-26/豊浦-幌別

| キハ80系 | 09:48 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

おおとり

[おおとり]の名前は1961年10月、東京~名古屋間を結ぶ151系電車特急でデビューした。
しかし東海道新幹線の開業に伴い[おおとり]は北の大地へ羽ばたき
函館~釧路・網走間の特急として再デビューする。
1970年10月改正で函館~網走間の単独編成となり
石北本線のクイーンとして力走を続けたが1986年10月に廃止された。
ootori_1.jpg
1975-9-26/沼ノ端-植苗

ootori_2.jpg
1979-8-1/七飯-大沼

| キハ80系 | 10:19 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

オホーツク

[オホーツク]の名前は1960年7月に札幌~網走間の準急列車が最初である。
その後、函館へ延長運転して[おおとり]へその道を譲り
特急としてデビューするのは1972年10月改正で晴れて札幌~網走間の運転となった。
本州との接続を取らない唯一の特急となる。
北海道でのキハ80系列は他の特急と同じく1986年10月に現役引退した。
okhotsu.jpg
1975-9-27/白石駅

| キハ80系 | 10:13 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

くろしお

1965年3月、天王寺~名古屋(紀勢本線経由)でデビューする。
特急気動車の草分け「はつかり」のキハ81形が最後まで活躍した列車でもある。
新宮電化の1978年10月に電化区間は381系電車を投入し
キハ81形は廃車され非電化区間は「南紀」と改称し、キハ80系が最後まで活躍した列車となる。
kuroshio_2.jpg
1975-12-20/切目-岩代
kuroshio_1.jpg

kuroshio_5.jpg
1975-12-19/那智駅
kuroshio_4.jpg

| キハ80系 | 10:23 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

まつかぜ

1961年10月の国鉄ダイヤ白紙大改正で山陰本線の特急として京都~松江間でデビュー。
その後の改正で山陰本線を西下し九州へ乗り入れ、博多までの運転となる。
京都発着の列車は「あさしお」に、「まつかぜ」は大阪発福知山線・山陰本線経由で運転され
「やくも」の電車化後はキハ181系に車種変更されるが1986年10月に廃止された。
matsukaze_2.jpg
1976-2-29/餘部

matsukaze_1.jpg
1976-2-27/武田尾-道場

matsukaze_3.jpg
1976-3-1/田儀駅

matsukaze_4.jpg
1979-7-15/餘部-鎧

| キハ80系 | 10:37 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

おき

1975年3月、山陽新幹線博多開業で小郡(現 新山口)において山口線経由で鳥取まで運転する新幹線接続特急としてデビュー。
「かもめ」廃止による車両が使われたが、翌年「つばさ」電車化によりキハ181系が尾久から転属し全車両を置き換える。
キハ80系時代はわずか1年8ヶ月だった。
oki_1.jpg
1976-2-29/田儀-小田
oki_2.jpg

oki_3.jpg
1976-3-1/青野山-津和野

| キハ80系 | 10:48 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

北海

1967年3月の改正で函館~旭川間を函館本線・山線経由でデビューする。
函館~札幌間の他の特急は距離が長いものの線形の良い千歳線経由であるが
[北海]だけは山線経由で孤軍奮闘していた。
しかし[おおとり]と共に1986年10月に廃止される。
hokkai.jpg
1977-5-21/張碓駅

| キハ80系 | 10:15 | コメント:0 | TOP↑

≫ EDIT

ひだ

1968年10月、名古屋~富山間(高山本線経由)でデビュー。
JR移行後も定期で残っていたキハ80系列でもあったが、1990年3月キハ85系に置き換わった。
hida_3.jpg
1979-5-27/白川口-下油井

hida_2.jpg
1990-2-25/焼石-下呂

hida_1.jpg
1990-2-25/下呂駅

| キハ80系 | 10:28 | コメント:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |